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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)75号 判決

原告

ラッセル・ピアス・ヒュウェル

代理人

金丸義男

外三名

被告

特許庁長官

井上武久

代理人

小松秀岳

外一名

主文

特許庁が、昭和三十七年一月二十五日、同庁昭和三三年抗告審判第一、二四七号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

(争いのない事実)

一〈略〉

(本件審決を取り消すべき事由の有無)

二引用例の記載内容並びに本願発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点がいずれも本件審決認定のとおりであることは、原告の認めて争わないところであり、本件における事実上の唯一の争点は、本件審決が、その指摘する相違点(2)(編注。酸化可能な金属板が一個しか設けられていない点)につき、本願発明におけるように、二枚以上の酸化可能な金属板(鉄板)を煉瓦内部に挿入することは、引用例記載のものから当業者が容易に設計変更してなしうる程度のことであるとしたことが判断を誤つたものであるか、換言すれば、この構造上の差異がもたらす顕著な作用効果を看過誤認したことによるものであるかどうかにあることは、本件における当事者双方の主張、とくに原告の主張に徴し明らかなところである。

〈書証〉証人Kの証言により成立を認める甲第二十九号証の一、二、証人Hの証言により成立を認める甲第三十号証並びに右各証人および証人T、同Yの各証言並びに原告本人の尋問及び検証の結果によれば、引用例記載のE煉瓦は、原告の発明にかかる一枚の内部鉄板を有する塩基性耐火煉瓦であり、一枚の鉄板を煉瓦の内部に縦に挿入し、炉の稼働中に内部鉄板と周囲のマグネシヤ・クリンカーとを化合せしめて耐火性の強いマグネシオフェライトの層を生成させ、これにより煉瓦の亀裂剥落を防止しようとするものであつたが、このE煉瓦を平炉天井に使用した場合、内部鉄板を有しない従来の塩基性耐火煉瓦に比して、鉄板挿入による強度の増加はあつても、その程度は僅少であり、経済性の面から実用に適しないものであつたこと、原告は、右発明後五年余の研究の結果、平炉天井の煉瓦の亀裂は、下端部(熱端部)からほぼ等距離の位置で、煉瓦の左右両外側から中心に向かつて進行してゆき、やがて中心部で左右の亀裂が連結し、亀裂より下の部分を剥落せしめるもので、E煉瓦の耐火性が充分でないのは、内部鉄板が一枚の場合、鉄板の周囲にマグネシオフェライトの層が生成されても、左右から進行してきた亀裂が互いに連結し易いことによるものであることを知るにいたり、この知見に基づいて、内部鉄板を二枚以上挿入する本願発明の耐火煉瓦(EE煉瓦)を案出したのであり、EE煉瓦は、マグネシォフェライト層の増加による強化のみならず、二枚以上のマグネシォフェライト層に囲まれた中央の柱状の部分が、左右両側から進行してくる亀裂の連結を防止し、したがって、亀裂より下の部分も、この柱状の部分に密着して剥落が防止されること、

昭和三十八年九月から昭和三十九年一月までの間、品川白煉瓦株式会社が神戸市内の工場の平炉で行なつたE煉瓦、EE煉瓦各二百枚(長さはいずれも五〇糎)による張分試験の結果によれば、炉一代にわたる五百五十一チャージの後採取された試料(E煉瓦六十一枚、EE煉瓦五十一枚)の残存寸法を対比すると、EE煉瓦はE煉瓦よりも平均三二、九粍長く、右の試料のうち、両種の煉瓦が張り付け位置の関係で相互に影響を与えることの比較的少ない列の試料のみを対比すると、EE煉瓦はE煉瓦よりも平均約五〇粍長く、これによつてみると、EE煉瓦を使用した平炉は、E煉瓦を使用したそれより百以上多いチャージに耐えうる優れた耐久性を持つことが示されたこと、原告のEE煉瓦の発明以後、各国の製鋼業者はこれを採用するものが多く、わが国においても、昭和三十一年ごろから、従来の硅石煉瓦に代えて、平炉にEE煉瓦を採用する業者が増加したこと、を認定することができ、本願発明において使用するEE煉瓦は、E煉瓦に比し、耐久性の点で著しく優れた性能を有することが明らかであり、本願発明の耐火構造物は、引用例の煉瓦を使用する耐火構造物にはみられない顕著な作用効果を奏するものというべきである。

この点について、被告は、引用例記載の技術が公知である以上、一枚の鉄板よりも複数個の鉄板を用いる方が効果を増すであろうことは、当業者ならばきわめて自然に類推しうる程度のことである旨主張するけれども、複数個の鉄板を内蔵するEE煉瓦が一枚の鉄板を内蔵するE煉瓦よりも耐久性において優れるゆえんのものは、単に、鉄板の枚数の増加に伴うマグネシオフェライト層の増加そのものによる強化にとどまらず、むしろ、二枚以上のマグネシオフェライト層に挾まれた柱状の部分が亀裂の進行及び連結を妨げることによるものであること前認定のとおりであり、このような柱状部分の生成による亀裂剥落の防止の技術思想が、引用例及び本件審決指摘の参照例(昭和一二年特許出願公告第四七六号公報)から、当業者にとり推考容易であるとは必ずしもいえないから、被告の右主張は採用できない。

(むすび)

三以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取清を求める原告の請求を正当として認容し、……する。

(三宅正雄 杉山克彦 武居二郎)

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